なぜあえてそっちをえらぶのか。

大富豪の男性が若くて美人の奥さんをもらうよくある話。

パリでもミラノでもいいけど、そういうところの高級な洋服屋さんとかで、棚を指差して「ここからここまで全部」みたいな買い物をする、そういう若い奥さん。

あれが不思議なんだよねえ。

若くて、美人で、なおかつそのテの成金的で下品極まりないことはしないだけの節度と品位を持っている人なんて、いくらだっていると思うんだ。

だけど、なぜだかそうしない。いやもちろん、私が知らない(というか世間で話題にならない)だけで、若くて美人で知的でかつ謙虚な人を伴侶に選ぶ大富豪だっているんだろうけど、でも、世の中に
「若くて美人で成金趣味で下品な女性」>>>「若くて美人で上品で謙虚な女性」
という選択をする人が、特に世間一般で言うところの「成功者」である男性には結構いる、という事実。

「あれは、そういう下品な女を受け止めている包容力のある自分が好きなんでしょ」というのが弟の見解で、確かにそれは納得のできる説明ではあるのだけれど。

こういうことにケチつけるというか眉をひそめるというか、否定的に思う女性は多いと思うんだけど、それを「ひがみ」みたいに片付けてほしくなかったりする、というのが今これを書いている理由。だって、悲しいというか、寂しくないですか?そういうことでしか自分の男としての魅力を示す(というか自分自身で確認する、みたいな感じだと思うが)男って。